教えて!「太陽先生!!」

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ベトナム・ハノイ散策レポート

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ベトナム・ハノイ編

太陽先生ことセリック株式会社の佐藤です。

2026年1月13日から1月17日まで、東南アジア出張に行ってきました。今回はタイのお客様へ、大型装置の納品設置作業が主目的です。東南アジアへの出張は初めてなので、タイ(バンコク)とベトナム(ハノイ)の商社様も訪問してきました。

今回の出張中、唯一ハノイで半日のフリータイムを設けることができたので、徒歩でハノイの街を歩きながら、市内の名所や市場、本場のフォーを楽しんできました。そこで今回はそのハノイをブラブラした時のレポートをお送りします。

ベトナム、ハノイについて

ベトナムは長い歴史を持つ国で、近代には戦争や統一を経て現在の国家となりました。現在の正式名称はベトナム社会主義共和国です。今回訪れたハノイはベトナムの首都で、政治と文化の中心地として発展してきた都市です。正確なデータは見つかりませんでしたが推定900万人前後の人口があるようです。

冬季は日照時間が大幅に減り、天候はほぼ曇り、私が訪れた1月16日も終日曇っていました。この日の最高気温は23℃で、市内散策中はうっすら汗をかく程度の暑さ(?)でした。“?”を書いたのは、町中が埃っぽくて快適とは言い難かったから。

街は活気と喧噪にあふれ、エネルギッシュな雰囲気という印象です。また、ハノイはベトナムの北部に位置し、中国にも近いことから寺院や史跡には多くの漢字が見られました。

ホーチミン廟

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 ホーチミン廟

午前中の商社様への訪問の後、タクシーで市内に移動して最初に行ったのがホーチミン廟。あまり基礎知識なく行ったので、無料というのも到着してから知りました。手荷物検査のあと、なんだかだだっ広い公園のような場所(ハノイバードン広場)に足を踏み入れました。写真は英雄ホー・チ・ミンの遺体が安置されている、大理石でできた立派な建物です。

偉大な指導者として、また私利私欲の無い清廉な人として、今でも国民から愛され尊敬される人だそうです。廟の右隣に「偉大なるホー・チ・ミン主席は永遠に我々の中で生きている!」(写真)と書かれています。

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 ホーチミン廟2

他にホー・チ・ミン博物館やホーおじさんの家(ホー・チ・ミンが暮らしていた家)などの観光スポットは見学しませんでしたが、オプショナルツアーでは半日コースが設定されているので、もっと見どころがあったのかもしれません。

タイ湖(西湖)からチャンクオック寺(鎮国寺)へ

バーディン広場を南から入って縦断、北側の出入り口から徒歩5分ほどでタイ湖(西湖)に到着。市の中心部近くにある巨大な湖です。カメラマンたる私の腕が悪いのか、黒ずんだ変な写真しか撮れませんでしたが、埃で全体が霞んでいます。ここも観光スポットとして有名で、観光地ならではのフォトスポットが用意されていました。

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 タイ湖(西湖)からチャンクオック寺(鎮国寺)へ

実際海外からの観光客もとても多かったです。お隣の中国からだけでなく、ヨーロッパや南米とおぼしき人たちも多く見かけました。さらに5分ほど歩いたところに、チャンクオック寺(鎮国寺)があります。それほど大きなお寺ではありませんが、タイ湖に突き出た小さな半島の先端にあります。11:30から13:30までは昼休みのようで閉門されており、20分ほど寺前で時間をつぶし、開門と同時に中へ。中国文化の影響を色濃く反映しているのか、寺院内の表記はほとんど漢字でした。

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 タイ湖(西湖)からチャンクオック寺(鎮国寺)へ2

ここは6世紀ごろに建立されたハノイ最古の仏教寺院だそうです。またアメリカの雑誌「National Geographic誌」で2019年、最も美しいアジアの寺院20選にも選出されました。建立当時は別の場所にあったのですが、1616年に現在の場所に移転されたのだとか。境内には釈迦や菩薩、関羽やチャン・フン・ダオが祀られているのだそう。事前の予備知識を入れなかったので、行った時には何も気付きませんでしたが(汗)。もったいなかったな。

バック門(正北門)

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 バック門(正北門)

ここまで何も食べていなかったので、そろそろお腹がすいてきました。Google Mapで食べ物屋さんを検索すると、この後行こうと思っていたドンスアン市場へ行く途中(やや遠回りですが)に地元民が行きそうなフォーのお店を発見!そこに向かって歩き出しました。その途中、興味はあったものの見学コースからは除外していた旧ハノイ城跡のほど近く、バック門(正北門)に出くわしました。とても立派でカッコいい、情緒あふれる門をパシャリ!
1882年にホン河に停泊するフランス軍の艦艇から放たれた砲弾の跡が左右に残っていて、生々しさも感じました。ここバック門より南側はタンロン遺跡(旧ハノイ城)で、世界遺産です。

Pho Khoi Hoi(フォーレストラン)

バック門を後にしてひたすら歩くこと約15分、お目当てのフォーレストランに到着!

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 Pho Khoi Hoi(フォーレストラン)

時刻は午後2時半を過ぎていましたが、狭い(そしてあまり衛生的とは言えない)店内は混雑していました。店員さんに言われるがまま店の一番奥の席に着き、牛肉のフォーを注文。メニューに英語が併記されていたので、頼みやすかったです。店内には外国人観光客や留学生とおぼしき人もちらほら。なんか妙に安心しました。そして2~3分で注文の品が届きました。思った以上にパクチーが多かったです。味は、これがなかなか!結構あっさり目で、ライムや豆板醤(?)による味変も楽しめ、本場の“庶民の味”を堪能しました。あっという間にコンプリート!つゆまで全部飲み干しました。

一人旅の時はできるだけ「地元の人が行くお店で食事する」ことをモットーにしている私、今回もミッションの1つはクリア、です。

ドンスアン市場へ

腹ごしらえも終わり、目的のドンスアン市場へ出発。旧市街と言われる下町の道をひたすら歩きます。東京都台東区の合羽橋商店街のような風情の街並みを見ながらの散策です。しかしゆっくりと街並みを堪能していられない!とにかくバイクの交通量が半端ない!歩道には多くのバイクが駐輪していて、車も停車、店の外にはいろいろなものがあり、車道に出て歩くこともしばしば。

太陽先生の「ぶらSUN歩」 2026年 ハノイ編 ドンスアン市場へ行く街並み

そうするとバイクと車の脅威にさらされます。しっかり避けないと事故にあってしまう!それはそれは大変です。交差点を渡ろうとすると、左右両側からバイクが突っ込んでくるので、両方に目を配りながら、かつ行き交うバイクと車を縫うようにしないと渡れません。急速に発展している地域の交通事情に晒されながら、ドンスアン市場に到着しました。
そこは、それはそれはたくさんの売り物で彩られた、かなりカオスな市場でした。歩き疲れて疲労困憊だったのとあまりのカオス状態に気を取られ、写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました。

実際、モノと人であふれかえって異常なエネルギーを感じる場所でした。とにかく先に進むにも人と物を掻き分け掻き分け、スーツに革靴、リュックを背負った状態で中を移動するのは本当に一苦労でした。でも先進国にはないギラギラしたエネルギーを否が応でも感じさせられる、すごい場所でした。

ハノイ駅前のバス停で見た驚きの光景

市内観光はここまで。ハノイ駅前のバス停からノイバイ空港行きバスに乗るべく、大量に通過するバイクと多くの観光客を縫うように、ひたすらハノイ駅を目指して歩きました。あまりに疲れたので、途中にあったホテルのロビーのカフェでカプチーノを飲んで休憩しました。

ドンスアン市場から休憩を含め2時間程度かけ、ハノイ駅に到着しました。空港行きのバスの時刻を確認し、駅の待合所でメールチェックなどをしながらバスを待ちます。このバス停は路線バスの発着にも使用されます。実際多くの路線バスが次から次へと到着しては出発を繰り返していました。

バス停で見ていて驚いたのが、その乗り降りの様子です。
バイクの交通量が多すぎて、バスは歩道にぴったり寄ることができません。するとバスと歩道のわずかな隙間を、バイクが次々と通り抜けていきます。そのため、乗客はその合間を縫うようにして乗り降りするのです。
さらに驚いたのは、バスが完全に停まる前にドアが開き、ドアが閉まりきる前に発車してしまうこと。見ているこちらが思わずヒヤッとしてしまいました。

その中で特に衝撃だったのが、バスから降りようとしているご婦人が降り切る前にバスが発車し、ご婦人が転びそうになりました。すると、そのご婦人はバスを蹴飛ばして大声で悪態をつく、という光景を目撃しました。

バス停周辺は、まさにカオスのような状況でした。
またこの通りは片側3車線の幹線道路、大変な交通量です。そこを当たり前のように横切る人のなんと多いこと!東京で言えば晴海通りや第一京浜の信号のない大通りを、途切れない車とバイクをよけながら横切るようなものです。町中に溢れるエネルギーを体全体に受けるような、そんな刺激たっぷりのハノイの一日でした。

最後に

訪問した商社様でお会いした、日本から赴任されている方が仰っていました。日本人はつまらなそうに見える。その時はそんなものかと気にも留めませんでしたが、ハノイで1日を過ごし、おっしゃる意味が分かったような気がしました。日本は安全で清潔、騒音もそれほどでもない、人も大声でしゃべっていない、そういう日常がつまらなく見えるのかもしれません。

ちなみにその商社の方はこうもおっしゃっていました。バイクタクシーに乗ることを会社から禁止されているそうです。実際数えきれないほどの二人乗りバイクを目撃しました。その多くがバイクタクシーなんでしょうね。これだけカオスな街ですから、おそらく事故も多いのでしょう。バイクがこれだけ多いということは、ハノイの人々の日常に欠かせない乗り物であること、交通事情が悪いため渋滞をすり抜けることができるバイクの方が早いこと、の裏返しであるとも言えます。便利さと裏腹な危険も、この街が刺激的である理由の一つと言えるのではないでしょうか。

刺激たっぷりのハノイ観光でした。ヨーロッパの他の国とは違う、とても印象深い町でした。また歴史もある街なので、次の機会があればしっかり下調べして観光したいと思います。

<過去の太陽先生の「ぶらSUN歩」シリーズはこちらから>
第1回 ヨーロッパ編
第2回 2023年デュッセルドルフ編 
第3回 2024年ミュンヘン編
第4回 EXPO2025大阪・関西万博編 Part1
第5回 EXPO2025大阪・関西万博編 Part2
第6回 2025年 ケルン編 

コラム一覧へ